日本
強いということ
ステージ 2
ストーリー 近藤結
編集 CLAチーム
イラスト Monica Ha
ナレーション 羽田野 愛
お母さんへ
あの時から身長は2倍ではないけれど、年はもうすぐ2倍です。
大きくなったでしょ。
ちゃんと勉強してます。友達もいます。
楽しく過ごしているよ。だから安心してね。
お母さんに、みんなに、会いたいという思いはあるけれど、
でも、私はまだ生きているから。
強く、生きていこうと思います。
Chapter 1
は強い。
出会ったときから、自分の意見をまっすぐ伝える、強い人でした。自信がない私とは違って、自然とみんなが着いていきます。そんな強さを持っていました。
「美穂子? ちょっと、聞いてるの?」
電話の向こうから声がします。
「聞こえてるよ。」
「もう、美穂子は、ただでさえぼんやりしてるんだから。ちゃんと授業は受けてるの?」
「聞いてるよ、成績もいいし。」
「友達に助けてもらったからじゃないの? 洋ちゃんって言ったっけ?」
洋は、強いだけでなく、勉強もできます。洋は取っていない授業も勉強を手伝ってくれます。それで学年トップの成績なのだから、どこにそんな時間があるのか聞きたいくらいです。
「あの子みたいに、美穂子ももうちょっと頑張ったら?」
「分かったから、もう言うことがないなら電話切っていい?」
洋は強い。
そんな洋が大好きです。だけど、比べられるたびに負けた感じがします。そんな自分が嫌いです。
Chapter 2
私と洋が入っているゼミの今年の目標は、写真展を開くことです。地震から10年がたった今、あの日のことを忘れないためです。場所を借りて、地震が起きてから現在までの写真を発表します。
壊れた町が直っていく写真。
人々が、その町で新しい生活を始めようとする写真。
この写真展を開くために、私や他の学生は何度か東北に行きました。写真を発表するだけではなく、写真展で何を伝えたいのか。それを知るために私たちは東北を訪ねました。
あの日、海が全てを壊したというのに、町の人たちは元気に、自分たちの生活をしていました。海の仕事を続けていました。「なんでだろう」と思いました。また全てを壊されるかもしれないのに。全てを壊した海は嫌いではないのか、と思いました。
一度だけ、その町のおばあちゃんに聞いたことがあります。おばあちゃんは笑顔で答えました。
「もういいんだ。これだけ流されて、泣くだけ泣いたから。あとは笑えばいいんだ。」
強い、と思いました。
私は地震に何の関係もありません。でも、あの日の動画を見るだけで涙が出そうになります。
自分がそれを経験したらと思うと、その辛さは考えられません。
私の前で笑っている彼女は、大きな強さを持っていました。
Chapter 3
写真展まであと1週間です。忙しい洋は、一回も東北に行くことはできませんでした。しかし、東北に行った学生たちのレポートを読んだり写真を見たりして、一緒に準備をしています。
今回の写真展では、壁に「被災者」のことばが飾られます。東北の色々な町で、たくさんの人に今の気持ちを書いてもらいました。インターネットでも集めて、約300個のことばを集めました。たくさんの色の紙に書かれたことばを壁に貼ります。
「助けてくれてありがとう」
「将来多くの人を幸せにしたい」
「消防士になりたい!」
「野球、頑張ってます」
「元気になった町へいらっしゃい」
「この町が大好き」
「家族に会いたい」
あの日、今の私たちと同じ年齢だった男の人が書いたことばです。彼は笑顔で、元気に町の人たちを元気づけていました。地震の悲しみからも回復していました。しかし、紙とペンを持った時、
「ネガティブなことも書いていいんですよね?」と言いました。
「そんなにネガティブってわけじゃないんですけど、時々、心が苦しくなるんです。なぜ、家族が死んだのか。なぜ、自分だけが生きているのか。」
町の流されたところはきれいになり、新しい家ができました。でも、あの日傷ついた心はまだ治っていません。
彼が見せてくれたのは、彼が家族と撮った写真でした。みんな笑顔でした。本当に仲がよかったことが写真からわかりました。
私は、今、家族がいなくなったら、どう思うのでしょうか。
Chapter 4
「電話鳴ってるよ」
洋に呼ばれ、画面を見ると、お母さんからでした。
「ありがとう」と言って、電話をポケットに入れると、「なんで?」と洋が聞いてきました。
「何が?」
「出なくていいの?」
「え?」
洋が人のことに口を出すのはこれが初めてでした。これ以上何も言われたくなくて、笑って返事をしました。
「お母さん、たくさん電話してくるから、今はいいよ。」
「時間あるし、出たら?」
「洋には関係ないよね。」 思わず、強い言葉で言ってしまいました。
「ごめん、でも、最近お母さんとうまくいってなくてさ、ずっと帰ってないから、いつ帰ってくるんだ〜ってうるさいの。」
笑って話を変えようとしても、洋は静かに私を見ていました。いつの間にか電話は静かになっていました。
「美穂子にも言ってなかったけど。家族がいるなら、後悔する前にたくさん話した方がいい。」
「洋にはわからないよ。私の家族がどんな人なのかわからないでしょ? 洋がもし私なら、私と同じように話さなくなるよ。うるさいって思うよ。」
「美穂子の気持ちは想像しかできないけど、でも、美穂子には後悔してほしくないって思う。」
「なんでそんなこと言うの。」
「私、東北で生まれたんだ。宮城の海の近くの家に住んでたんだ。」
その言葉を聞いて、地震の日の映像が心に浮かびました。あの日、家のテレビで見たニュースは、同じ国で起きているものとは思えませんでした。大きなきな波が町を壊していきました。家も、車も、人も。洋は、あの日、あの場所にいたのでした。
私も、家族と仲がよかったわけじゃない。怒られるし、大きくなったら一人で暮らすんだって思ってた。ずっと続くと思ってた。宮城には帰ってくる場所があって、おかえりって、大人になっても、家族ができても、言ってくれると思ってた。――こんなこと、言いたくなかった。でも、私は家族にもう一度会いたい。」 洋は、泣きそうな表情になりました。「ごめん」と洋が言いました。
謝らなければいけないのは私でした。
洋の強さは、あの町のおばあちゃんの強さと同じでした。全てを壊された後に残る、心の強さ。強くならないと、生きられなかったのです。
Chapter 5
大きな壁に並べられたことばの前に、洋はいました。
「家族に会いたい」と書かれた小さな紙の前に。
いつも大きく見えていた彼女の背中は、その壁の前で、小さく見えました。彼女は弱さを見せないための強さを持っていました。彼女にとって、一人で生きることは、不安で、寂しいことでした。
小さな紙と、黒いペンを持って、私は洋の隣に立ちました。
「洋」
私は彼女を呼んで、紙とペンを渡しました。洋は私の目を見ると、書き始めました。洋は書き終わると、壁の右下の隅に、その紙を貼りました。
紙には、「生きる」と書いてありました
Chapter 6
写真展には、一日目から多くの人が来ました。
あの“ことば”が飾られた壁の裏に、もう一つ、用意したものがありました。
“写真展に来た人”のことば。
小さな紙と、たくさんの色のペンが机の上に置いてありました。来た人は、写真や言葉を見て思ったことを書いて、壁に貼りました。おじいちゃん・おばあちゃんから小さな子どもまで、自分たちの思いを書いていきました。ある人はゆっくり考えながら。ある人は泣きながら。ある人は笑いながら。
「美穂子」
後ろから私を呼ぶ声がしました。
お母さんとは、たった一年会っていないだけなのに、とても懐かしいなと感じがしました。直接誘うのは恥ずかしくて、でも、この写真展には来て欲しくて、私は昨日の夜、お母さんに手紙を送りました。
「お母さん、あのね、」
来てくれてありがとう、と言おうすると、
「生きててくれてありがとう」
泣きながらお母さんが抱きしめてきました。少しおどろきましたが、私もお母さんを抱きしめました。
顔を上げると、洋が遠くで笑っていました。
私も笑顔を返しました。
お母さんへ
明日、一年間使って、ゼミのみんなで準備してきた、写真展が始まります。
東北の地震の写真展です。
この写真展を作るために、私は何度も東北に行きました。地震のことをわかったと思っていました。
でも、私は地震を自分に関係ないことだと考えていました。
私は東北で地震を経験していません。
だから、自分の事のように悲しむのはダメだと思っていました。
すごく仲のいい人が、あの日、全てをなくしたと知りました。
その子は強くて、まっすぐ生きています。私も彼女みたいになりたいと思っていました。
でも、違いました。彼女は、弱さも持っていました。
私はその弱さまで、愛していきたいと思いました。
私はお母さんの言う事を聞かずに、ひどい言葉を言ったり、怒って話さなかったり、ひどいことをたくさんしてきました。
ごめんなさい。
私は弱いから、これからも怒ったり、お母さんと喧嘩することがあると思います。
でもね、お母さん、
生きててくれてありがとう。
私はあなたの娘でよかった。
THE END