MALAYSIA
満月が昇るとき
ステージ 3
ストーリー:ロティ・ショーヴェク
翻訳・編集: 近藤結・CLAチーム
イラストレーション:アニャ・マハラニ・クマラワテ
マレー語の言葉
カンポン・ブラン – マレーシアにある村
ケバヤ – マレーシア、インドネシア、シンガポールで着られる伝統的な服
アバン – マレーシア語で「お兄さん」
レンダン – インドネシアとマレーシアにあるカレーの一種
サルン – 腰のあたりにまく布
サテ – マレーシアのチキンの串焼き
ナシレマ - ココナッツライス、卵、キュウリ、揚げピーナッツ、アンチョビ、ならびにサンバルという辛いソースが材料の、マレーシアの国民料理
ポンティアナック - マレーシアとインドネシアの神話に伝わる吸血鬼のような生き物
オパー – 「おばあさん」を意味するマレー語のスラング
ケリス – 短剣のような武器
ボモー – 祈とう師、シャーマン
登場人物
アリフ – 主人公。カンポン・ブランを調査しているジャーナリスト。
カマル – 副主人公。カンポン・ブランの住人でザーラを守ろうとする兄。
ザーラ - 副主人公。カンポン・ブランの住人でカマルの妹。
サテおじさん – 脇役。カンポン・ブランの住人でサテを売っている。
オパ - 脇役。ザーラとカマルの死んだ祖母。
ボモー - 脇役。祈とう師。
プロローグ
日中、カンポン・ブランの村人たちは楽しそうに通りを歩き、市場は通りに並んだ店で活気づきます。しかし夜になると、通りから人がいなくなり、全ての戸は閉じられてしまいます。ブラン村の人々は満月が昇る時を恐れています。この謎を調べた人々は姿を消してしまいました。しかし、ある男がその謎の答えを見つけたのです。
Chapter 1
アリフが運転していると、大きな音がして車がとまりました。彼はイライラしながら車から降り、タバコに火をつけました。どうしたものか考えていると、別の車が近づくのがきこえました。彼が手を振ると、車は彼の前で止まりました。車から若い男が降りてきてアリフに聞きました。「大丈夫ですか?」
「残念ながら、大丈夫じゃないよ。タイヤがパンクしてしまったんだ。カンポン・ブランに行く途中なんだけど」アリフは答えました。話を続けようとすると、驚くほど美しい若い女性が車から降りてきました。おしゃれなケバヤを着た、魅力的な女性でした。彼女がこの人の奥さんだろうとアリフは考えました。
「どうしたの、アバン?」彼女は甘く柔らかい声で男に聞きました。男はアリフの状況を女性に冷静に説明しました。その間、アリフは彼女の美しさに心を奪われていました。
「同じ方向に向かっているのだから、乗せてあげればいいじゃない」若い女性は言いました。彼女の兄もそれに賛成し、アリフは微笑みながら我に返りました。
アリフは元気よくお礼を言い、自己紹介をしました。「僕はクアラルンプールから来たアリフ。君は?」アリフは手を差し出しながら優しく尋ねました。
「僕の名前はカマル。これは妹のザーラ。僕たちはカンポン・ブランの村人なんだ。どうして僕たちの村に来るのかい?」カマルはアリフと握手をしながらそう言いました。
「僕は記者なんだ。 最近、あなたの村に伝わっている謎を調査するために来たんだよ。」
「記者? 何かスキャンダルを探しに来たのか? でも、生きて帰りたいなら、バカなことはしないほうがいいよ。」カマルはアリフの目を真剣に見ながら、彼の手を強く握りました。
それから一時間もしないうちに、三人はカンポン・ブランに到着し、アリフは古いホテルに泊まりました。
Chapter 2
次の日の夕方、アリフは村の中を歩きました。カゴを編んでいる村人や、野外で大きなレンダンの鍋を混ぜている人もいます。みんな楽しそうに話しています。近くの空き地では、ダンスグループが優雅な踊りの練習をしていました。アリフは、この村がなぜこんなににぎやかなのか不思議に思いました。
その人混みの奥で、一人の男が二つのカゴを竹棒の両端に下げて運んでいました。サルンと汚れたシャツを着ています。「おい! そこの兄ちゃん! サテはどうだ? おいしいナシレマもあるよ!」男が声をかけると、アリフはさっそく買うことにしました。
おじさんはカゴを置きました。一つのカゴに手を伸ばし、生の鶏肉の串を十本、取り出しました。もう一つのカゴから小さなグリルを取り出し、火をつけてその上に鶏肉の串を置きました。すぐに、おいしそうに焼けていく肉の匂いがしてきました。
アリフはタバコを取り出しました。彼は膝を曲げて座り、おじさんに村の様子を聞きました。
「村人たちは収穫の月祭りの準備をしているところなんだ。やることがたくさんあってね。女性たちは料理で忙しく、夫たちは季節の収穫を終えて帰ってきたところだ!」おじさんは答えました。
「そうなんですね。ここの人々は夜に外出するのを怖がると聞いていましたが、ごく普通のようですね。」
おじさんは緊張して笑いました。「兄ちゃん…何を言ってるんだ? ここは昔からこうだよ。」
「でも最近、失踪事件がありましたよね。街でも大きなニュースになりましたよ。ある夜、森を自転車で走っていた男が、帰ってこなかったと聞きました。」
「兄ちゃん!」 おじさんは慌てて叫びました。彼はアリフに近寄り、小声で話し始めました。「ここではその話はしないんだ。そうしないと、彼女が迎えに来るぞ。」
「彼女? 『彼女』ってどういう意味ですか?」
おじさんは緊張して周囲を見回しました。
「ポンティアナック… 」と、おじさんは低い声で言いました。
それを聞いてアリフは目を大きく見開きました。「満月になると出てくる怒った女の幽霊のことですか? 物語に出てくるあれですか?」アリフは信じられないといった顔で笑いながら聞きました。「つまり、物語に出てくるあの女が村人を攻撃しているんですか!? それはおもしろい!」
「しーっ! 信じても信じなくても、どっちでもいいけど、そういうことなんだよ」
アリフは面白がっていました。迷信だとわかっていても、好奇心と有名になりたいという思いが彼をさらに調査する気にさせました。「もしそれが本当なら、彼女はどこにいるんですか?」
「おい、やめろ! 探すんじゃない! 死にたいのか、兄ちゃん!?」
「心配ありません! 私は都会の男です。幽霊より車の方がずっと怖い!」
おじさんは首を横に振りながらサテを皿に盛り、アリフは現金を渡しました。「その男性を助けてやりましょうよ!」
「誰かを死なせるのは本当に嫌なんだ」と、おじさんはためらいました。
「心配しないでください。私に教えてくれたら、今後誰も死なせないと約束しますよ!」アリフは自信満々に言いました。
「わかった、わかった」おじさんはそう言って、ようやくあきらめました。「この話をお前にしたのは私じゃないからな。 失踪事件のほとんどは丘の上にある屋敷の近くの森で起きている。」
「そこには誰が住んでいるんですか?」
「誰もいない。」おじさんは脅すような表情で答えました。
突然、村に冷たい風が吹き、雲が分かれ、もう少しで満月になる月が現れました。サテのおじさんは慌てて空をチラリと見上げ、カゴを片付けようとしました。
「待ってください、どこへ行くんですか?」とアリフは聞きました。
「もう遅い! そろそろ行かないと! 兄ちゃんも早く帰れよ!」おじさんは帰ろうとすると、アリフの方を向き、力強く肩をつかみました。「もし行くなら、夜中に行くなよ。とても危険だぞ! それから覚えとけよ、このことを教えたのは私じゃないからな!」
アリフは急いで帰るおじさんを見つめました。振り向くと、10秒前まで賑やかだった村は、誰もいない静かな場所になっていました。
Chapter 3
遅く、アリフは暗い森の道を歩き、丘の上にある古い屋敷を自分の目で確かめました。汚れた白い壁の一部を茂った草がおおっています。アリフはしばらく立ち止まり、その家を見つめながら、初めて怖いと思いました。気を取り直すと、ゆっくりとその屋敷に近寄りました。近寄ると、建物の近くに人の影が見えました。月の明かりに照らされたその影は、女性の姿をしていました。ザーラです。ピンクのケバヤを着て、心配そうに月を見つめています。遠くから彼女を眺めた後、アリフは彼女の方に歩いていきました。
「ちょっとお姉さん、この時間に若い女性が外出するのは危険ですよ。」
ザーラは驚いて振り向きました。「ああ、あなたですか。」
「こんなところで、一人で何をしているんですか?」アリフは聞きました。
「美しい月明かりを眺めているだけですよ。この村の名前は、この丘の頂上から見る満月が最も美しく明るいことから来ているんです。知っていましたか?」
「満月の夜には外に出ない方がいいと聞きましたが?」
「ああ、それはただの迷信です。何度も夜にここに来ているけど、いつもと変わらず平和です。」
「確かに見事ですね。まるであなたのように」彼は怖いもの知らずの笑みを浮かべて言いました。
ザーラはアリフに優しく微笑みましたが、すぐに視線を月に戻しました。
「それでは、また会えますか?」とアリフは聞きました。
「ここで? まあ…本当はここに来てはいけないんですけどね。でも、ここは私にとって特別な思い出の場所なんです。私はここで育ったんです。ここは私の祖母の家でした。子供の頃、兄と私はこの森の近くでよく遊んでたんです」
「それは素敵ですね。あのおじさん、きっと頭がおかしいんだ! こんなところにポンティアナックがいるわけがない!」
すると、ザーラの笑顔は消えてしまいました。
「どうしたんですか?」アリフは彼女の突然の悲しみに気づき、聞きました。
「村人たちを信じてはいけません。村人たちは正体不明のものを恐れています。全てはあの事件のせいです。」
「事件?」
「20年前のことです。私の祖母は呪術医でした。彼女のお客さんは経営者や政治家でした。金や地位を手に入れるために、人々は彼女のもとにました。そんな職業でしたが、他のオパーと同じように、祖母は愛情の深い人でした。両親がいなくなった後、彼女はいっしょうけんめい私たちを育ててくれました。しかし、人々は呪術医を信用しませんでした。噂が広がり、やがて村人たちは彼女の力に注意するようになりました。力のある女性を恐れたのです。そして彼らは彼女を攻撃しました。」
オパーの話が幼い少女だった頃の日々を思い出させたのか、ザーラは目を閉じました。
「あの日のことは今でも覚えています。オパーが居間でお客さんと話をしていると、突然、松明と熊手を持った村人たちが家に入ってきたんです。彼らはオパーを捕まえて、家の柱に彼女を縛りつけました。私と兄は台所の棚の後ろに隠れました。私たちは怖くて動けませんでした。オパーは無罪のために戦いましたが、彼らはオパーを人の心を惑わす者として訴えました。彼女は説明しようとしましたが、信じてくれませんでした。家族代々の女性に受け継がれてきた短剣のケリスを彼らが奪うと、オパーは怒りました。怒りのあまり、彼女は村全体に呪いをかけました。村全体が20年間は苦しみ、20年後には怪物がやってきて、全てを壊すだろうと言ったのです」と、ザーラは泣きながら語った。
「呪い?だからこの辺りで人がいなくなるのですか?」アリフは聞きました。
「そうです。その怪物はすでに目を覚ましており、全てを壊すために、その20年目にあたる日、つまり今度の収穫の月祭りの日まで、待ち続けていると言われています。」
「呪いを解くために何かできることはないんですか?」
「オパーのケリスが呪いを解くカギだと思います。しかしケリスが盗まれた後、それがどこにあるかは知られていません。」
「なるほど 、私も協力させてください。消えたケリスさえ見つかれば、みんなを救うことができるということですよね? 私はこう見えても、優秀な調査員なんですよ!」
「兄と私は何年も探していますよ、アリフさん。でもまだ何も見つかっていません。収穫の月祭りの日に何が起こるか、まったくわかりません。」
「他にできることはないんですか?」
「私の知る限りはありません。」
すると突然、カマルが暗い森から現れました。
「ザーラ、終わったよ…アリフ? ここで何をしているんだ?」と、カマルは疑うかのように言いました。
「何も…、この綺麗な月明かりの下を散歩していたら、君の妹に会ったんだ。」
「なるほど、こんな時間に外に出てはいけないよ。」
「でも、君たちこそ、夜中にこんな場所で一体何しているんだい?」
「君には関係のないことさ。もう遅いし、行かないと。行くよ、ザーラ」とカマルは言いました。ザーラは黙ってカマルについて行き、アリフは二人が夜に消えていくのを見送りました。
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次の日、アリフは再び村を散歩していました。にぎやかな村で、彼はカマルを見つけました。初めは、カマルは普通に村人と話しているように見えました。しかし、昨夜からアリフはこの兄妹を怪しく思っていました。アリフは、カマルと村人の会話を盗み聞きすることにしました。
「準備はできました。あとはその日を待つだけです」と村人は言いました。
「みんなが祭りに出かけるのを待って、それから始めよう。生け贄はどうした?」とカマルは聞きました。
「捕まえて、準備完了です。」
「よし。それでは、こちらも始めることにする。」
アリフは言葉を失いました。
Chapter 4
いよいよ収穫の月祭りの日になりました。早朝から、村ではお祝いの準備で大忙しでした。外には様々な色の伝統的な小物で飾られたテントが並んでいました。テーブルは食べ物でいっぱいでした。バンド演奏がどこにいても聞こえてきました。
村の祈とう師であるボモーの周りには人が集まっていました。
「このココナッツの力で、次の年も畑が豊かになるように お祈りいたします!」と、二つのココナッツを空に掲げながらボモーは叫びました。
アリフは村人たちの拍手と歓声を頼りに、ボモーを見つけました。儀式が終わり、村人たちが去ったあと、彼はボモーに近寄りました。
「あなたは呪いを解くことができますか?」と、アリフは聞きました。
「どのような呪いですか?」ボモーは戸惑ったように答えました。
「20年前からの、永遠に続く恐怖をもたらす呪いです。」
「なぜそんな危険なものに手を出したんだ?」と、ボモーは呆れました。
アリフは、呪いについて知っていることを全てボモーに話すことにしました。
少しの間、ボモーは何も言いませんでしたが、やがて話しだしました。「詳しくはわかりませんが、私の知る限り、このような強力な呪いを消すためには、人間の生け贄がささげられるのが伝統のようです。」
「生け贄? カマルが言った生け贄というのはそういう意味だったのか?」
「彼があなたにそう言ったのですか?」
「いや、たまたま聞いただけです。」
「今では、生け贄はあまり良いこととされてはいません。しかし、彼の話はとても論理的です。呪術医とはそういうものなのです。目には目を。」
「ザーラのおばあさんのケリスさえあればなぁ。」アリフはため息をつきました。
「ケリス?」
「そう、そのおばあさんから盗まれたケリスです。ザーラが言うには、一族の女性に受け継がれてきたもので、もしかしたら呪いを解くことができるかもしれないそうです。」
アリフがケリスの話をすると、ボモーはバッグを探し始めました。そして、一本の短剣を取り出しました。金色の柄に宝石が飾られ、夕日にキラキラと輝いています。
「こんな感じのケリスかな?」
「ちょっと待ってください、それはどこで手に入れたんですか?」
「祖父からもらったものです。」
「これです! これがザーラの探していたケリスかもしれない! 誰かが生け贄にされる前に、私たちが早くこれを届けなければ!」
「私たち? いやいや、これは『私たち』という状況じゃありません。あなたは行くべきでが、私は行きません。きっと、他に一緒に行く人が見つけられるでしょう。では、私はここで失礼して行かないと…」
「でも、あなたは祈とう師でしょう! 魔法の仕組みも知っているし、それを止められるんでしょ!」と、アリフはさえぎりました。
「ここだけの話ですが、私は文字通り、自分が何をしているのか全くわかってはいません。神様への言葉とココナッツさえあれば、村人たちは私にお金を支払って村の活気を盛り上げてくれるんです!」とボモーは小声で言いました。
「おやおや、ずっと嘘をついていたようですね。一緒に来ないなら、あなたの秘密をみんなに言いますよ」と、アリフは笑いながらボモーをおどしました。
Chapter 5
それは収穫の月祭りの夜のことでした。月は雲に隠れ、嫌な空気が流れていました。アリフとボモーはこっそりと丘の上の屋敷に入りました。
「これ、本当にいいアイデアなんですか?」ボモーは怖がりながらしゃがみました。
アリフは黙るように合図しました。すると、家の中から誰かが苦しそうに泣いているのが聞こえました。二人は緊張して互いの顔を見ると、ボモーが居間の人影を指差しました。
「アリフ!?あそこ!」
近寄ると、見覚えのある顔がありました。それはサテのおじさんでした。口をテープで閉じられ、縛られていました。彼は、ろうそくや宗教的なものに囲まれた魔法円の真ん中にいました。
ボモーは慌てて「どうしよう?」とささやきました。
足音がしました。アリフとボモーは急いで部屋の古いソファの後ろに隠れました。
「いよいよだ、ザーラ。 今夜こそ、罪の意識と恐怖の中で生きるのを終わりにする」と、妹と一緒に部屋に入りながら、カマルは言いました。「敵一族の血と肉があれば、呪いを解くことができる」
カマルが近寄ると、サテのおじさんは恐怖で震えました。カマルはナイフを取り出し、慎重に生け贄の上に掲げて唱えました。
「精霊よ、この人間の肉で私たち家族の罪を洗い流してください。霧が晴れたとき、ブラン村に新しい始まりが来ますように!」
カマルがサテおじさんを刺す前に、アリフが隠れていた場所から飛び出して彼を止めると、ボモーがその後に続きました。突然の邪魔が入り、兄妹は驚いて後ろに下がりました。
「アリフ? ここで何をしているんだ? そしてあんたは誰だ!?」と、カマルがボモーを指差して言いました。
「こんなことはしなくていい。今夜、誰も死ぬ必要はないんだ。君が必要なものを持っているんだ。」アリフは安心させるように言いました。
彼はケリスを取り出すと、全員に見えるように空高く振り上げました。カマルは長い間失われていたケリスを見てナイフを下ろし、ザーラは緊張して息を呑みました。
「それをどこで手に入れたんだ?」カマルは震える声で聞きました。
「ボモーがずっと持っていたんだ! ケリスを手に入れた今、もう誰も殺す必要はないんだ!」
「そうです、アバン、やめてください!」とザーラは叫びました。
「でも、ケリスがあっても使い方がわからない!」とカマルは応えました。
「何か方法があるはずです、試してみましょう! アバン!」
アリフはカマルに近寄り、ケリスを渡しました。カマルはそのケリスをおずおずと見ると、叫びました。「ダメだ! 危険すぎる。これがうまくいくかどうかわからない。生け贄が呪いを解く唯一の確かな方法なんだ! これ以上待てない!」
「満月が出るまでに時間がない!」と、カマルは慌てました。彼は、手に持っていたケリスをおじさんの上に掲げ、もう一度その儀式を終わらせようとしました。
「ダメだ!」アリフは急いでカマルに飛びかかり、カマルを地面に叩きつけました。ボモーもそれに続き、カマルの手を蹴ってケリスを取り返しました。
「やめて! 私の兄を傷つけないで!」ザーラは悲鳴を上げました。
「何してるんだ、アリフ!? 村全体を苦しめたいのか!」カマルは言いました。
「違う! でも、罪のない人を殺さない方法が他にあるはずだ!」
二人が床の上で争っていると、空の雲がゆっくりと消え、月が屋敷を照らしました。
「離せ! 邪魔をするな! 満月が出てきた。月が完全に昇りきったら、もう後戻りはできないんだ!」カマルは慌てました。アリフは言葉を失い、自らの良心に疑問を抱きました。一人を死なせて他を助けるべきか、一人を助けて他を殺すべきか。
すると突然、ザーラが奇妙に震え出しました。顔や目が真っ白になり、彼女は気を失いました。
Chapter 6
アリフとカマルは争いをすぐにやめ、ザーラのもとに走り寄りました。
「ザーラ! 大丈夫か? どうしたんだ?」とアリフは力のない彼女の横で聞きました。
「もう来ます。怪物です。何か起こる前に、あなたたちは早く行ったほうがいい。」
「どういうことだ?」
「満月が昇るとき、私は永遠に自分を失うでしょう。私は、村に恐怖をもたらす怪物になります。」
「なんだと?」カマルは驚きながら答えました。
「そうよ、アバン。20年前、事件の夜の少し前、祖母が呪いをかけたのは村だけではありませんでした。仕事に関する噂が村に広まり、自分に悪いことが起きると彼女は知っていました。」
「だから彼女は何かあった時のために仕返しをしようと、お前にポンティアナックの呪いをかけたのか」と、事態を理解したカマルは、彼女に続けて言いました。
「そう、祖母が亡くなった今、私は永遠にポンティアナックとなり、私たち家族を苦しめた人たちに仕返しをするでしょう。」
カマルの悲しげな様子が変わり、怒りながらも必死な表情でアリフの方を向きました。「アリフ、お願いだ。僕に妹を助けさせてくれ。手遅れになる前に、儀式を続けなければならないんだ!」
アリフは黙って立ち上がりました。そして、その様子を恐怖で黙って見ていたボモーを見ると、彼の手からケリスを奪いました。アリフは縛られているおじさんのところへ歩いていくと、その短剣をおじさんの上に掲げました。おじさんは、逃げようともがきながら泣いていました。アリフがケリスを下に突き刺すと、その場にいた全員が目を閉じました。しかし、聞こえたのは血の飛び散る音ではなく、紐の切れる音でした。アリフはサテのおじさんを解放し、「おじさん、逃げて!」と叫びました。おじさんは立ち上がり、急いで屋敷から逃げました。
「何をするんだ! お前はザーラやこの村のことがどうでもいいのか!」カマルは激しく怒鳴りました。
「どちらも救う方法があるはずだ。一緒に方法を考えよう!」とアリフは言いました。
「このバカ! 時間がないのがわからないのか!」カマルは怒鳴りました。
雲が無くなり、満月が輝きました。ザーラは震えを抑えることができませんでした 。彼女の叫び声は、唸り声に変わりました。彼女は頭をかがめながら膝をつきました。バラ色の頬が冷たく青ざめました。目は白くなっていました。人間らしい気配が消えました。彼女はポンティアナックに変身してしまったのです。全員が信じられない様子で、目の前の出来事を見つめました。
ポンティアナックが立ち上がりました。雷のような速さでカマルに飛びかかり、彼の意識を失わせました。凄まじい速さでボモーにも飛びかかりました。部屋に残るはただ一人です。ポンティアナックはアリフに飛びかかりました。アリフは恐怖で立ちすくんでいましたが、一瞬の動作でケリスを使い、彼女の腹を刺しました。
ザーラは苦痛の声を上げ、地面に倒れました。一瞬、部屋は静かになりました。アリフは自分がしたことが信じられませんでした。彼は彼女を殺してしまったのでしょうか? カマルが目を覚ましたら、どんな顔をすればいいのでしょう。
しかし、ザーラは目を開けました。今度は頬に色が戻り、目には生気が戻ってきました。ほんの微かな可能性でしたが、うまくいったのです。ケリスが彼女を呼び戻したのです。
「アリフ? 何が…あったの…?」ザーラは静かに言いました。彼女は兄が地面に倒れているのに気づきました。
「アバン! 大丈夫ですか?」ザーラはカマルの方へ走り寄りました。カマルは妹の泣き声で目を覚ましました。彼は妹の姿を見て息を呑み、駆け寄って妹を抱きしめました。
アリフとボモーは、ほっとした笑顔でその様子を見ていました。
「ありがとう! 妹と村を救ってくれて。」カマルは感謝の気持ちを込めて、アリフに大声で言いました。
「ケリスが効いたのは運がよかっただけだよ」と、アリフは言いました。
「もうどうでもいいんだ! 村に暗い影を落としていた20年間の呪いが解けたんだ! ブラン村に神の祝福を!」と、ボモーが嬉しそうに付け加えました。
THE END